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宇都宮地方裁判所 昭和30年(レ)37号 判決

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を次の通り変更する。

控訴人は被控訴人に対し金一万五千円を支払え。

被控訴人のその余の請求は棄却する。

被控訴人の附帯控訴は棄却する。

訴訟費用中附帯控訴状の費用は被控訴人の負担としその余の訴訟費用は第一、第二審を通じてこれを五分しその四を被控訴人その一を控訴人の負担とする。

事実

(省略)

理由

被控訴人の本訴請求について被控訴人は控訴人は両者間の内縁関係を継続し難いよう仕向けて不法行為に及んだと主張するので審按するが、控訴人と被控訴人が訴外久郷三子の媒酌により昭和二十三年十一月二日事実上結婚し内縁の夫婦となり控訴人方において同棲を始めたこと、昭和二十六年十二月二十四日右内縁関係が解消され被控訴人が控訴人方より立退いたことは当事者間に争がない。そこで果して被控訴人主張のように控訴人の横暴により右内縁関係解消を余儀なくされたものであるかが問題となるから審按するに、当事者間に争ない昭和二十五年八月頃控訴人が同人宅の仏壇をこも包にしたこと、同十一月末頃控訴人が被控訴人に屋外に寝るよう申付け被控訴人の布団を控訴人方裏の軒下に持出したこと被控訴人はそのため隣家の訴外芳賀誠方にその夜宿泊したこと、同二十六年初頃控訴人が被控訴人の洗濯した袷を雪解けの地上に投付け泥まみれにしたこと、その頃控訴人が被控訴人の修繕した襦袢を引裂いたこと等の事実と成立に争ない甲第一号証(通知)同第二号証(診断書)同第六、七号証(調停申立書)乙第二号証(ハガキ)真正に成立したと認める甲第四号証(事項書)原審証人芳賀誠同清水健治原審並に当審証人平野庄次郎当審証人久郷三子の各証言原審並に当審における被控訴人本人の供述原審における控訴人の供述の一部並に弁論の全趣旨を綜合すると控訴人は永年東京の都心で独身生活をしていたが、昭和二十年春戦災のため焼け出され栃木県郡須郡烏山町に疎開していたところ訴外久郷三子を仲介して数年前妻を失い当時農業の外に新に風呂釜製造を始めそのため電話の一つもかけられるような妻を探していた被控訴人より結婚を申込まれ被控訴人は当初農業の経験のないことや自分の信仰の点などから躊躇していたが控訴人より精神的にも物質的にも不満はかけないと云われ懇望されたのでそう信じて同人と内縁関係を結ぶ(内縁関係は争ない)に至つたこと、当初は事も無く内縁生活が続けられたが漸次控訴人は被控訴人の日蓮宗信仰を嫌いそのために家事その他に行き届かぬことが多いと思い他方被控訴人は些細なことに口喧しく頑固な控訴人の態度に不満を抱き両者の間は次第に円満を欠くようになり、昭和二十五年五月頃には控訴人の質問に答えて貸金等の説明をした被控訴人に対し説明の内容が気に入らぬと云つて故もなく控訴人が煙管を以て被控訴人の頭部を強打するようなことが起る有様であり、次いで前述のごとく控訴人は毎日被控訴人が礼拝していた仏壇を釘付にし菰をかけ荒繩で縛るなどのいやがらせをする様になつたが偶然その頃より被控訴人は梅毒性神経痛を発病し兎角不健康勝ちになつたのでかねて被控訴人の信仰その他に不満を抱いていた控訴人はこれを機会に右内縁関係を解消しようと企て病身の被控訴人に十分な休養や睡眠を取らせないのはもとより事毎に被控訴人を口汚く罵り出て行け出て行けと云つたり暴行を加え同年十一月末頃には被控訴人を追い出す一方法として家の中に同人を寝せないようにしようと考えた控訴人は自らも戸外に寝ると共に被控訴人の布団を外に持出しそのため同人は止むを得ず隣家芳賀誠方に寄泊したのであること、その後も昭和二十六年初頃控訴人は被控訴人の洗濯した袷の着物を雪解けの戸外に投付け泥まみれにし、或は被控訴人の修繕した襦袢を引き裂いたりして控訴人が被控訴人に対し絶えずいやがらせや乱暴な態度に出てそのため両人の間は極度に険悪な状態になつていたが、これより前昭和二十五年秋控訴人の前述のような態度に前途の不安を覚えた被控訴人は上京しそのことについて弁護士に相談したりその他の所用をなし、更にその十一月二十五日には旅費等として控訴人に無断でその所持金より八千円を持出し上京し、十二月上旬に帰宅するや控訴人は右金員のことについて喧しく被控訴人を責め家へ入れなかつたので被控訴人は致し方なく前記久郷方に身を寄せていたが間もなく訴外平野庄次郎同熊田得三清水健治等の斡旋によつて控訴人は右金員のことについて被控訴人を宥恕することになり被控訴人は一旦控訴人方に戻つたところ、控訴人は既に許すと云つたにも拘らず二日後には又右金員のことを持出し被控訴人に出て行け出て行けと迫つたので被控訴人は余儀なく再び右久郷方に行き右久郷の意見も聞き自らも到底これ以上控訴人との内縁生活を継続することは出来ないからこれを解消して控訴人方を立退くより外はないと覚悟し、その十二月二十四日控訴人方に荷車を用意して赴き控訴人に会い自己の所持品控訴人より与えられた柳行李その他若干の物品を持ち控訴人方を立退くの止むなきに至つたことが認められ、これに反する原審における控訴人の供述の一部当審証人吉原芳枝同久郷三子の各証言の一部は措信出来ない。乙第一号証(証)の記載は原審並に当審における被控訴人の供述と照合すると右十二月二十四日に被控訴人が控訴人方に赴いた折、控訴人により強要されて署名捺印したものであることが明かであるから何等右認定を妨げるものではない。かくの如く控訴人は初め被控訴人の信仰生活に不満を抱き直接には梅毒性神経痛を発病したことを理由に同人との内縁関係を解消せんと企て前述のような言語態度に出たものと謂わざるを得ない。尤も被控訴人は控訴人が被控訴人に梅毒を感染させたと主張するもその証拠は措信出来ない当審における被控訴人の供述の一部の外には何もなく、寧ろ原審における鑑定人山田美弥雄の鑑定の結果によれば控訴人がこれを感染させたものでないと認めなければならないが、控訴人の云う如く右内縁関係に入る以前から被控訴人が梅毒に罹つていたものとしても被控訴人のそのような病気に対しては特に被控訴人の不貞行為によるものでないかぎり(その主張も立証もない)控訴人としては出来るだけ早くこれを治療するよう努めなければならず、又被控訴人の信仰その他に不満があれば穏かに話合い和合して行くべきであり特に控訴人は被控訴人が永らく独身を続け農業生活とは縁遠い東京の中心地に居住していたことを承知の上懇望して右内縁生活に入つたのであるから多少の不満があつても努力して被控訴人を導き幸福な生活を築く様努力すべきところ、この挙に出でず却つて直にこれを取り上げて被控訴人との内縁関係を解消せんと企て前述の如き所為に出でそのため虐待に堪えかねて被控訴人をして遂に止むを得ず右内縁関係を解消するの外ないと思うに至らしめ内縁関係を終了させたのであるから控訴人の右所為は不法に被控訴人の存する内縁の妻たる地位を侵害したものであると云わなければならない。従つて控訴人は右行為により被控訴人の蒙つた損害を賠償すべき義務があること明かである。仮りに控訴人の前記所為が不法行為を構成しないとしても前記認定の事実によれば控訴人は被控訴人との婚姻予約を破棄したものと解さねばならないので、婚姻予約不履行に基く損害賠償の責任を負うものと為すを相当とする。この点について控訴人は被控訴人との間でかかる損害の請求をしない旨の特約をなしたと主張するが、乙第一号証は前述の如く措信出来ないし、原審証人宇井土ケイの証言によれば昭和二十七年三月中宇井土ケイを仲介して控訴人より被控訴人が野菜類を貰つたことは認められるがこれによつて被控訴人が控訴人に対する右賠償請求権を放棄したと認められないこと勿論であり、他にこれを認めるに足る証拠はないから右主張は理由がない。

よつて控訴人の賠償すべき被控訴人の損害について考えるに被控訴人は右損害として東京に存していた宅地の借地権の喪失及び治療費その他の出費を挙げるがこれに副う部分の原審における被控訴人の供述は直には措信出来ないし他にこれを認めるに足る証拠はないから右主張は到底認められない。しかし控訴人の前記所為によつて被控訴人が精神的に蒙つた損害はこれを認めねばならないものと解するのである。そこでその金額であるが原審における控訴人の供述同被控訴人の供述に弁論の全趣旨並に前に認定した事実によると被控訴人は永らく独身生活を送つていたところ前記の如き経緯で始めて控訴人と結婚したこと、その期間が三年であつたこと内縁関係終了時四十六才であり確固たる生計の途もなく資産もなく早速生活にも窮する事情にあること、他方控訴人は老令(明治二十七年生)ではあるが壮健であり、東京都中野区多田町六十七番地に宅地百八十坪を所有し現住所には建坪十五坪の住宅一棟を所有し畑一反歩を所存耕作し、又実用新案風呂据付業により年収二、三万円の外公務員恩給年額金三万円の収入があること、前述の様に内縁関係を破綻せしめたのは控訴人であるが他方被控訴人の日常の態度にも不十分な点があり、その信仰も家庭の主婦としての立場を無視したものがあると考えられること、特に被控訴人の梅毒は控訴人より感染させられたとの確証はなく、(この点に関する被控訴人本人の供述は信用できない)兎に角控訴人の責任ではなく従つて被控訴人はその点については被控訴人が控訴人に及ぼしている迷惑を考えなければならないのに却つて控訴人を問責する如く横柄な態度に出ていたこと等の諸事情を綜合斟酌するとその額は金一万五千円を相当とする。

果してしからば控訴人は被控訴人に金一万五千円を支払うべき義務あると云わなければならない。従つて原判決が右限度を超えて被控訴人の請求を認容したのは一部不当であつて、これを変更するを要する。

次に被控訴人(附帯控訴人)の附帯控訴につき審按するが、被控訴人(附帯控訴人)は本訴の請求原因を理由として原審で敗訴した部分の損害金を請求するのであつて、その失当で棄却すべきであることは明かで、原判決は相当とし附帯控訴は不当であるからこれを棄却し訴訟費用中附帯控訴状については被控訴人の負担とし、その他については第一、二審を通じて控訴人と被控訴人に按分して負担せしめ主文の通り判決する。

(裁判官 岡村顕二 広瀬賢三 田尾桃二)

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